Si(111)-7×7DAS(Dimer-Adatom-Stacking fault)構造は、従来清浄表面の典型とされ、多くの表面研究がこの構造を出発材料として行われてきている。これまで、Si(111)7×7構造は、透過型電子線回折、中速イオン散乱、低速電子線回折、高速電子線回折、X線回折といった非常に多くの実験方法、および第一原理計算で詳細に研究されてきている。これらの研究結果の解釈においてはDASモデルがシリコンのみで構成されることが自明とされ、軽元素等が構造に介入する可能性については、著者の一人(I.O.)により新たな提案がなされるまで、顧みられることはなかった。 理論計算によれば、この構造は、超高真空中でSi(111)面をへき開した直後に出現する2×1構造より、1×1単位胞当たり40〜60 meV安定であるとされている。しかしこの差は熱エネルギー程度であるので、数100K程度以上の温度では、両相は十分共存し得ると考えられるが、実際には、室温からの昇温途中700Kを過ぎる辺りで7×7構造に相転移を起こした後は、再び室温に戻しても2×1構造が出現することは決してない。すなわち、2×1→7×7の構造相転移は不可逆であり、7×7構造の方がはるかに安定である。 一方、私達が通常入手するSiウエハの大半はCZ結晶であり、この中には、ふつう酸素原子が1018原子/cm3、炭素原子が1016原子/cm3、程度含有されている。すなわち、シリコン結晶のイレブンナインの純度とは、電気的性質に影響を及ぼす不純物原子について言われていることであり、酸素原子は”不純物”ではなく、むしろSiウエハの大口径化を支えてきた立役者である。永くSi技術に近い分野で研究を進めてきた私達にとっては、このことが常識となっている。 これらの事実から、7×7構造は清浄表面、すなわちSi原子だけから構成されている構造である、という表面物理の常識は本当に正しいのか、という疑問が生まれる。シリコンのみで構成されるDASモデルは、静的な原子配列を説明する点ではこれまでの研究と矛盾がないように見える。しかし、このユニットセルは100個以上の原子により構成され、大きな歪みをもつ構造である。この構造が、シリコン原子のランダムな動きのみで自発的に形成されるとは考えにくい。およそ全ての形態形成において、核形成と成長は不可欠であり、観測されている形態が変成するまでの自然な動的素過程の理解がなされない限り、その形態のモデル化が出来たとは言えない。私達の研究のスタンスは、従来、静的なモデル作りにとどまっていたSi(111)-7×7超構造に関する研究を一歩進めて、この構造が自然に形成される素過程を理解しようというものである。これまでの研究によって、私達はこの素過程が一種の協同現象であると考えるに至っている。原子集団の協同現象には、イニシアチブをとる何らかのきっかけが存在すると考えるのが自然であるが、それが何であるかについての十分な理解が得られていないのが現状である。本稿では、始めにSi(111)-7×7再構成に関する客観的な事実を記述し、次にその事実をどう解釈するかについての私達の考えを紹介する。